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「災害時のメンタルヘルスマネジメントーアメリカの大災害から学ぶ」日米社会福祉セミナー [地震防災について]

「災害時のメンタルヘルスマネジメントーアメリカの大災害から学ぶ」

日米社会福祉セミナー 報告(2011年6月23日)NPO医療福祉英語協会
9.11同時テロやハリケーン・カトリーナなどアメリカにおける数々の大災害に関わり合ってきた2名のソーシャル・ワーカーを迎えて、日米社会福祉セミナー「災害時のメンタルヘルス・マネジメント~アメリカの大規模災害発生時の救援活動から学ぶ~」が6月23日(木)午後、東京・市ヶ谷のアルカディア市ヶ谷で開かれました。セミナーには内外のマスコミも取材に訪れ、福祉・介護関係者や医療関係者、消防関係者ら62名が熱心に聞き入っていました。PEC(プロフェッショナル・イングリッシュ・コミュニケーション協会)とNPO法人「医療・福祉英語検定協会」が、東日本大震災の被災地支援に従事している人たちなどを対象に開催したものです。冒頭、元駐米大使で日米協会会長を務めるIPECの大河原良雄会長が「これからは、被災者はもとより救援に当たっている人たちのメンタルサポートが重要になってきます。本日のセミナーを通じて一人ひとりがそれぞれの立場で被災者を支え、一日も早く日本の回復と新生日本の立ち上がりを世界の人々に見せたいと願っています。それが援助の手をさしのべてくれた海外の友人たちへの恩返しになるでしょう」と挨拶しました。

セミナーの第1部では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などをもつ退役軍人のために心理療法を実施し、9.11同時テロやハリケーン・カトリーナなどアメリカで起こった大災害の被災者や救援者へのメンタルサポートを行ってきたソーシャル・ワーカーでアメリカ合衆国退役軍人省ペンサコーラセンターチームリーダーのローリー・ラップ氏が講演。過去100年余りの間にアメリカで起きた大災害と、被災の中で何を学んできたかについて事例研究を発表しました。

ローリー氏は1900年にアメリカの災害史上最悪といわれる12000人の死者を出したガルベストンハリケーンに始まり、1927年に70万人が住宅を流されたミシシッピ川の大洪水、汚染除去に13年要した1979年のスリーマイル島原発事故、2004年のニューオリンズの80%が水没し1800人が死亡したハリケーン・カトリーナ災害、今年4月に332の竜巻発生によって332名が死亡したトルネード災害など16件の大災害を紹介。これらの大災害では、危険を知らせる情報が正確に伝わらなかったり、対策を巡って連邦政府と州政府間が指揮権争いし混乱したり、堤防の手抜き工事や危機管理の杜撰さがあった「自然災害+人災」のものが多いと指摘した上で、連邦緊急事態管理庁や国土安全保障省の創設、建築法の改正など大災害への対応が出来上がってきたこと、正確な情報を伝えることの重要性や堤防のメンテナンス、大規模避難へのノウハウ、さらには個人レベルでも保険証などの大事なものを常に持ちだせるようにしておくことや非常用災害備品を常備しておくことなど多くのことを学んだと事例ごとに詳しく説明し、科学的根拠に基づいた記録を蓄積することが将来に役立つと付け加えました。

また第2部では、日本の社会福祉関係の教育機関と長年にわたって交流している州立ウェストフロリダ大学(UWF)の助教で家庭内暴力や児童虐待の専門家として心理療法に取り組んできたポーラー・ラップ女史が「災害発生時におけるメンタル・ヘルス」と題して、被災者や救援者が受けるストレスへの対応などについて発表しました。




ラップ女史は、ストレス反応は、悲しみや怒り、絶望や無力感などの「感情」として表れるのをはじめ、過度の発汗や血圧の上昇、最愛の人の死を受け入れられない状況とかトラウマ、薬やアルコールの過剰摂取など「身体」「思考」「行動」に現れる、しかしこういった反応は異常事態に対する正常な反応だと指摘。忙しい中に身を置き、日常的なルーティーンを回復させ、誰かと気持ちを共有することが大切だと訴えました。また経験したことや気持ちをノートに書きとめてみることや、体を適度に動かしたり、バランスのとれた食事、新鮮な野菜やビタミンBの摂取をしたりすることを勧めました。

さらにラップ女史は睡眠障害に陥ったり、また惨事がおこるのではないかと過度に用心深くなったり憶病になり、将来像が持てないなどストレス状態が長引く場合は、「生理的欲求」にはじまり、「安全」「親和」「自我」と一つ一つ段階を追ってそれぞれの欲求を満足させてゆき、最後に「自己実現」をとげさせるようにサポートすることが必要だとマズローの学説を紹介しながら訴えました。「親和」では友達や家族、隣人と接触すること、「自我」では、発展しようとする姿勢を励ましたり、潜在能力をわからせてあげたりすることなど個人や地域ぐるみで応援することができると述べました。

また、年代によってニーズが異なるので、きめ細かい対応が必要であり、サポート者自身のケアも忘れないようにと訴えました。とくに仲間と話すことや情報の交換、ノートに記録することによって現状を確認すること、二人一組のチームで行動し見守りあうこと、活動を終えて自宅に戻ったら信頼できる人と体験や見てきたことをオープンに話すことが重要だと訴えました。




「補足」
災害が起きると環境の劇的変化に対して、恐れやパニックを認識し
無意識に「ストレス反応」が起きる。
ストレス反応のエネルギーは身体にとどまり、いろいろな症状を起こす。
ストレス兆候と症状(4種類ある)、
1.感情としての反応
 悲しみ、怒り、絶望、無力感、不安になる
2.身体的反応
 過度の発汗、過呼吸、心拍、血圧上昇、めまい、睡眠障害、食欲減退、頭痛などが起きる。血管収縮し血流減少する。血液が凝固する準備に入る。肝臓にグリコーゲンを蓄える。
筋肉は緊張して戦闘体制には入る。すくむか逃げるか
3. 思考面の反応
 最愛の家族の死を受け入れない、思い出すのに苦労、思考混乱おこす、トラウマ
4. 行動面の反応
 周囲から孤立、暴力的になる、薬やアルコールを過剰摂取する。

「ストレス反応への対処法」
● これらの症状は正常であり、反応が異常であることを理解することが大切。
● 気持ちを共有する。●リラックスする。●深呼吸する。●前向きに考えるようにする
● ビタミンBをとる。

「ストレス状態が長引く場合」
どのように支援したらよいのか
● マズローの欲求5段階節(人間のあらゆる行動には動機がある。様々な動機の階層的構造を明らかにしたといわれるマズローの理論である。)に従って段階ごとに、欲求を満足させることが必要である。


三角形の下ほど、欲求が強い。
1. 生理的欲求=安心して寝られ、休める家がある・十分な食事ができる・衣類がある・医療が受けられる。(精神的、肉体的苦痛を避けたい)-地域コミュニティの支援がいる。
2. 安全欲求=こわいのイヤ、(絶えず警戒し、一人になるのを避けたがる)―友人や家族と話させる、、照明を明るくする、遊ぶ場所を用意する。
3. 親和(帰属)欲求=仲間が欲しい(見捨てられたと感ずる)-隣人たちと相互支援的関係をつくる。
4. 自我欲求=尊敬されたい・愛されたい(自尊心失い、自虐的になりやすい)―他の人の手助けができるようにする。
5. 自己実現欲求=より良い自分になりたい。(できると思っていることができないと絶望的になる。-他の4つの欲求の実現が前提になる。
 という順番で欲求を満たすべく行動していくことになる。

東日本大地震・被災地(石巻・仙台)の状況(日本のもつ底力と潜在力で強い復活の息吹を感じる) [地震防災について]

東日本大地震・被災地(石巻・仙台)の状況(日本のもつ底力と潜在力で強い復活の息吹を感じる)20110425

4月21日より22日にかけて東京からバスで仙台経由で石巻地区の状況を調査してきました。
私は現役時代、緊急地震速報の家庭、産業用の装置の開発に関係していたからだ。

東京から高速バスで5時間あまりで仙台に到着した。
仙台は見かけたところ災害地とは思えない活気にあふれていた。建物も倒壊したビルなどは見えない。
壁が少しはがれているくらいに見えた。
午後より塩釜港を目指す。
仙石線で東塩釜まで行くと、港にはヨットが多数無傷のまま見えた。港は大きなダメージはなかったように見える。

港近くの住宅の一部が床や壁が破壊されていた。
仙石線は東塩釜から石巻までは不通でバスが代行していた。

途中松島を経由して石巻まで3時間以上の時間がかかった。
松島は島が壊滅状態か心配していたが、一部がけ崩れがあるが、昔観光で見た松島はほぼ残っていた。
観光客はゼロ。

夕方石巻駅に着く、駅舎は10cmくらい津波が来たようだが殆ど見た目は被害はないようであった。
駅前の商店街、飲み屋街はゴーストタウンで見せは殆ど閉店し、古い建物が壊れて危険の張り紙がしてあった。
以前新潟地震の現場を見たことがあるが、比較すると、今回の大地震はマグニチュード9.0とか巨大なものにかかわらず、建物の倒壊などは非常に少ない。
海溝型というプレートによる地震で震源地が海の中のためだろうか。新潟も阪神も倒壊はすごかったがいづれも直下型であった。被害は津波と原発がメインといえる。

ホテルは仙台は全く取れずに暗くなってから、作並温泉(岩松旅館)へ向かう。
仙台からバスのつもりが、石巻から仙台もどりが通常1時間あまりのものが3時間かかり、仙山線で愛子まで(その先は不通)後タクシーで30分かかった。
ここは源頼朝が立ち寄った有名な温泉らしい。
近くに、松尾芭蕉が「しずけさや岩にしみ入る蝉の声」で有名な古寺があるらしい。
川原が見える岩風呂が有名で確かに風光明媚でよい。夕方から混浴だが野郎しかいなかった。
建物は古いが、広い部屋で素泊まりで6000円は納得。朝食付きは11000円。
ボランティアのグループが多く宿泊していた。

2日目

気仙沼か女川へ行きたかったが、帰路のバスの時間との関係で決めることにする。
仙台から気仙沼は4時間くらいかかるようだ。断念する。
7時のバスで作並温泉を出発ー仙台経由で石巻まで4時間かかった。
途中桜が満開のところをたびたび見る。菅原道真の歌ではないが、「東風吹かば思い起こせよ梅の花、主無きとて春なわすれそ」(?)春が来れば、自然は災害があっても、桜の花を咲かせる。
帰りのバスは5時半の予約で2時くらいには石巻を出発しねければならない。女川まで石巻から片道2時間くらいかかるらしい。それで
石巻に絞ることとする。歩いて駅から海岸に向かう。

多くのボランティアが市民と一緒に掃除をしたり、荷物を運んだりしている。
この辺は住宅は床下浸水が中心か畳が多く瓦礫のなかに捨ててあった。町は瓦礫は整然と置かれているものの歩道はやられているが、きれいに見えた。
もくもくと整然と片付ける市民を見て、日本人の底力を感じ、まもなく復興する感じがした。
港の近くは壮絶な風景でした。

大きな船が、ビルの3fへ飛び込んでいる建物を目の前にしました。
数10トンもある船が波で飛ばされてくるすごさを実感しました。
自動車は、ひっくり返って積み木のようになっていました。

伊藤忠の小林会長が新聞(110418nk)に書いていましたが、欧州の大不況でもスペインやギリシャは予想以上に元気だそうで、歴史に裏づけされた国や文化への信頼が元気を生んでいると。

日本も歴史的には幾多の苦難を乗り越えてきた。現場を見て必ず日本も復活すると確信した。日本人の血の中に、歴史と文化が流れて入るように思えた。

人間は想像を超える苦難に耐えることで、絶望に対峙すくことで
人の情を知り、より深みのある人生を過ごせるのでしょうか。お釈迦様の教えはそこ
にあるのでしょうか。
多くの方が身内をなくしたりして、不幸な環境にあるのでしょうが、
みんな穏やかな顔をされて見えました。絶望でも、人は明日に望みを持ちいき
ていくのでしょうか。

以前無縁社会とかはやりましたが、今、被災地では見も知らぬボランティアや自衛隊
員、企業の社員が市民を助けています。どこが無縁社会なんでしょうか。若い男女も
どろまみれになって泥掃除をやっています。無縁社会は経済第一主義で平和ボケ、贅
沢ボケのけっかでしょう。何も無くなって見ると初めて気がつくようです。
皆、自然に助けあうようになるようです。人間の心の中に菩薩がいるのでしょうか。
みんな被災地をみて、東京にもこんなことがおきえるのだと覚悟をすべきと思いま
す。

一人でも多くの人が、被災現場を見て、大津波の歴史の証人になるべきと思います。
そして、東北は例外ではなく、私たちが住んでいる東京でも他の街でも同じような災害が起きうる事実をしっかり心に刻むことが重要ではないでしょうか。
今後の災害に生かさなければ2万人以上の犠牲者が浮かばれません。







日本は沈没するか(元ニュートン編集長竹内均)20110326幸福の科学DVDより [地震防災について]

日本は沈没するか(元ニュートン編集長竹内均)20110326幸福の科学DVDより

昨日旧知の友人から地震の新しい情報があるから、会いたいとの連絡があり、詳しい内容がわからないまま会うことになった。
私は、現役時代に緊急地震速報の警報装置の開発の業界のプロデューサーをやっていた関係で、友人はそれを知っていて声がかかった次第です。
幸福の科学の事務所で元ニュートン編集長竹内均氏の霊界からのコメントというDVDを見ることになった。
内容は大川隆法さんが霊界から呼び寄せて質問に答える形のものであった。
実は竹内さんのご子息と昔友人関係にあったことで、竹内先生には何回かお会いして、マルチメディアニュートンというメディアの事業をやったことがあります。

私は特別な宗教は持たない人間で、団体とは全く関係がない、地震の研究者の立場で竹内さんが、しゃべっているというDVDを見た。以下はその概要である。
霊界とかは真実かどうかわかりませんが、色眼鏡をはずして素直に見れば、コメントの内容については、参考になるところが多くありましたので、ここに紹介します。

内容には宗教色や政治がらみの部分もありましたが、地震以外の部分は極力省いております。

「日本は沈没するか」竹内均
いろいろ批判されたが映画「日本沈没」に出演したことがあります。

今回の東日本大地震について

起きることは必然であった。日本列島はどこで起きても不思議ではなかった。いつ起きるかはわからなかった。マグニチュード9.0は大きい。三陸沖は大地震の対象として予想されていたので地域の人は気の毒です。予想より大きくてしかも、予測が簡単に起きてしまった。
石原知事の天罰発言が問題になっているが、公共工事より人へという、現政権への天罰かもしれない。
人の命を守るといいながら多数の人命を失った。最小不幸社会をめざすといいながら、最大不幸社会にしてしまった。

東海地震が来るといわれながらなかなか来ない、順番が狂ってしまった。他の地域も予断を許さない。
これで終わるかどうか。もう一度9.0が来るかもしれない。
日本列島が沈むかもしれない。

政治や人心が乱れると天変地異がおき革命になることが過去にあった。
日本列島を支える地盤に変化が生じている。
予想に沿っていないことが起きる。沖縄で地震が起きるかもしれない。
日本海側は地震よりも外国から攻められる脅威がある。

2012年12月21日(?)マヤ暦の人類最後の日で来年は気をつける必要がある。(*1参照)
99年7月(?)はノストラダムスの予言のあったときだ。
今災害が起きた理由を考えるべきだ。

原発について

原子力発電は現代社会に必要なもので、外国は異常な関心を今回の事件に寄せている。
既にいろいろ動きが起きているが、日本はモルモット化されてきている。
資源のない国で事故が起きるのはいやなものだ。
反対運動が起きてくるだろう。みんなが原油に頼るようになると、二次大戦と同じようになる。
外国が日本の実験データを欲しがっているように見える。サンプル資料として使いたいのではないか。
明治維新に似ている。途上国のエネルギー消費は増えて、油の取り合いが始まり大きな戦争が起きる可能性がある。
原発エネルギー、水などに問題がある。

事故をステップにして後ろ向きにならないようにすべき。次のエネルギーを考えるべき。
原子力の次は重水素の時代が来ると見ている。

地震予知について

科学技術を使って予知ができるようになる。地磁気を使えば1ヶ月前に予測することができるだろう。その他地下水や地震雲なども実証試験すべき。

防災について

復興に3年くらいかかるだろう。その間に次が来ると大変だ。特に東京、大阪、名古屋も注意がいる。3大都市が壊滅しないように願う。
防災はきりがない。日本は火山列島、火の国に住んでいるのだ。
ひんしゅくを買うだろうが、高齢者には災害の来そうな海辺に住んでもらって、年金を減らすとかアイデアもある。(こんなこと竹内さんが言うだろうか疑問?)
災害を言い訳に使うのが心配だ。注意がいる。
火山爆発との関連に注意がいる。
空からの防災も研究がいる。

エネルギー供給と物流システムが民間のビジネスになる。(セキュリティの次が防災ビジネスかもしれない)

電力会社の社員の資質が問題だ、従来、何もすることがない職を求めるお役人的な連中が入社したが今後は危機管理型人材がいる。

阪神災害時に知事が自衛隊の応援を拒絶し、米海軍の応援を拒絶し火災の被害を拡大した例があり、災害への行政の対応が問題だ。

テレビ新聞などの、報道も風評含めて問題がある、責任を取らせる必要があるのではないか、

*1
2012年人類滅亡説(にせんじゅうにねんじんるいめつぼうせつ)とは、マヤ文明において用いられていた暦の一つ長期暦が、2012年12月21日から12月23日頃に一つの区切りを迎える[1]とされることから連想された終末論の一つである。
21世紀初頭のオカルト雑誌や予言関連書などで、1999年のノストラダムスの大予言に続く終末論として採り上げられているが、懐疑的な論者はマヤ暦の周期性は人類滅亡を想定したものではないと反論をしている[2][3]。学術的にもマヤ人の宗教観や未来観を知る上で意味があるとしても、それが現実に対応するものとは考えられていない

巨大地震予測はなぜできなかったか(友人T氏の質問に答えて) [地震防災について]

T氏の質問
「いやあ、すごい巨大地震が起こりましたねえ。 皆さんの処は影響はどうでした?
伊豆では揺れ、津波などの直接被害はほとんど無かったですが、停電、食材売り切れ
など2次被害はなにかと受けてます。

そこで、以前sさんに頂いた本「巨大地震は必ず来る!・・・」を改めて読み直し
たのですが、宮城/茨城沖大地震は30年以内に100%近い確率で発生する予想は出て
たんですね~。 明治には三陸沖地震での津波による死者2万人以上の大被害も経験
している。 しかもJEITAや気象庁ではこの地でも緊急地震速報の実証試験も行って
いる。 それなのに、何故予想・予知して予防できなかったのか、不思議です。 何
故?何故?謎です。

今回の東北関東巨大地震発生の予知具合について
ちょっと解説して頂けませんか? 新聞やTVではまだ被害の報道が主体で、なぜ予
知できなかったのかよく解らないのです。」


回答
巨大地震予測はなぜできなかったか
ということですが、
世界的に見て世界の学者はほとんど予測不可能といっています。
唯一つ日本だけが特に東海地震が予測可能といって観測網と研究に莫大な費用をかけています。地盤の隆起をGPSなどで観測して1日以上前に警報を出そうとしています。(嘘とはいえないのですが、当てにもできないものと思います)

今回の地震も予測は不可能であったと思います。歴史的にまた地質学的に三陸沖や関東で起きるのは100%確実ですが、いつかわからないのが地震です。確率論の問題であり確率が低くても九州の場合のように、有名な学者が1週間前の講演で福岡では大きな地震は起きないといってまもなく起きた事例もあります。地理的にも
プレート構造上、歴史的に見ても日本は地震大国であり、日本に住む限りどこにも逃げようはないのです。

今回の事例で問題なのは、M9で地震が起きたのはやむをえないとおもいますが、
津波対策と原発の設計には問題ありといわざるを得ません。
地震だけの被害であればこれほどにはならなかったでしょう。半分以上は倒壊しなかったと見ています。(死者も阪神以下(3000人くらい)ですんだと思います)
私の友人の学者もTVでコメントしていましたが、まさか明治三陸沖津波以上(死者2万人、津波高30M)が来るとは思わなかったとコメントしています。
もちろん過去の事例も十分知っている学者ですが、学者も行政も甘く見ていたといわざるを得ません。(テレビのコメンテータの言うことを100%鵜呑みしてはいけません)
30Mを超える防波堤を作れば日本での事例には対応できるでしょうが、1000年に一度といわれる大津波対策に破産寸前の日本政府が大型予算を付けるのは難しいでしょう。
津波は平均的に30分以上の時間がかかるケースが多いので、地震がきたらみんな真面目に、直ぐに高台に逃げるのが実現可能な具体策といえるでしょうか。
今回も直ぐにみんなが本気で避難したら死傷者は激減したでしょう。
(ところがこれまで10年来の津波警報で殆ど(多くが)外れて、多くの人々は気象庁(狼少年)を信じていなくなっています)(中には警報が出ると港へ見物に行く人もいるくらいです)「災害は忘れたころにやってくる」のです。
宝くじはみんな自分があたると思って買いますが、災害はみんな自分は遭わないと信じています。こんな人間の心理が被害を大きくしています。

原発については危機管理、危機意識の問題でしょう。
日本で起きる最大限の危機の可能性に設計上も技術上も対応していなかった、人災と言えます。東電の役員の事故説明がぼろぼろで、トップも金儲けだけしか頭になかったように思われます。今の政府の状況も似たり寄ったりで、国を守るより自分たちの身の保全第一の行政にみんな腹を立てています。
石原知事は「天災は天罰だ」を言って、顰蹙(ひんしゅく)をかっていますが、被害者の方々には大変無礼な発言ですが、ある意味では、日本国民の生き方、現代人の生き方を再考すべきというメッセージとも受け取れます。停電で始めて実感する、エネルギー多消費社会、自然に対する畏怖心を忘れた現代人の傲慢さ。地球環境をいじめるのは(破壊)はいい加減にしてくれという、サムシンググレートの声かもしれません。

福井の原発は活断層の上にありますし、柏崎原発の耐震性は関東大震災が基準で耐震性は不十分で、さすがの政府も電力会社も気づいて補強の工事をやっています。
原発全体の見直しが要るでしょう。
津波は仕方がないにしても原発はしっかり守って欲しかったと思います。(電力会社の金儲け主義が原因だ)

今後東海地震や東京直下型がいつ来るかわかりませんが、必ず来ますし、今回の地震に負けないくらいの危険性を持っています。今回の教訓を生かして、二度と同じ事を繰り返さないようにしないといけません。
自分の住む町のリスクと自宅のリスクを分析し、万が一の場合の家族のサバイバルプランを考えておくべきでしょう、

自然の驚異の前で人間は無力で地震の予知などとてもできません。
緊急地震速報はただ、ゆれる前に地震を知れる技術で被害を少なくできる可能性を持つだけです。残念ながら予知はできません。

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